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スペードの3 / 朝井リョウ、辻村先生の作品を彷彿とさせる細やかな女性の心理と叙述トリック、あらすじと感想

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スペードの3

スペードの3」は朝井リョウ先生の長編小説。3篇で構成されていて、

でそれぞれ異なる主人公3人の視点から物語が進みます。全部女性で、最初のスペードの3なんかは辻村先生の作品を彷彿とさせるこじらせ女子っぷり。タイトルはトランプのゲーム大富豪から。大富豪は、3が一番弱いカードで順に数字が大きくなるほど強く、キングよりもエース、エースよりも2が強いです。ローカルルールがいっぱいありますが、この原則は変わりません。

2よりも強い上にどの数字にもなれるオールマイティなカードがジョーカー。このジョーカーに対してのみ勝てるのが「スペードの3」です。ローカルルールっぽいんですがどうでしょうね。ハートの2はもちろん最強。ダイヤのエースは最強ではありませんが、一際輝く強さを持つカード。それぞれ主人公の立ち位置や心情を表しています。

あらすじと感想(ネタバレ注意)

スペードの3

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江崎美知代は、舞台女優である香北つかさのファミリアの「家」メンバーの筆頭という立場。

スペードの3」は美知代の現在と、小学校時代を描きます。香北つかさは宝塚をモデルにしたかののような舞踊学校出身の女優で、ファミリアはつかさの熱心なファンクラブ、そして「家」とはファンクラブを統率するメンバーを指し、家のメンバーだけがつかさから渡された紋章のレプリカを身に着けています。

ファミリアの熱心さはやや常軌を逸していて、家服と呼ばれるつかさ様に人目でわかるようなアイテムを舞台を見るときにまとうのがしきたり。家の頂点に立ち、メンバーの選別も行い権力を握っている美知代ですが、アキという女性がファミリアに加わってから少しずつ全てが壊れていきます。つかさ様によく似た風貌、美知代のしらないつかさ様の衣装にまつわる話を知っているとあってファミリアの注目が集まります。さらに、美知代の強権的な支配にSNS上で異を唱える声が出始めて。「あなたが来てから、少しずつ、おかしくなってる」と話す美知代に「美知代ちゃんは、この世界で、また学級委員になったつもりでいるの?」

美知代が小学校6年生の時に転校してきたのが尾上愛季(おのうえあき)、人目でクラスの誰よりもかわいいとわかるルックス。クラスで行う合唱で伴奏を務めるのは美知代の役でしたが、指を怪我したために愛季の役に。少しずつ壊れていく美知代の立場。自分よりもうまい伴奏、クラス中の女子が憧れる男子五十嵐壮太も愛季に対しては女の子として接する様子を見て、憧れを抱いていた美知代の心が揺れます。学級委員という立場で、クラスで除け者にされているむつ美を見下しつつかばっていましたが、愛季がむつ美の字の巧さを取り上げて、自分が書くはずだった修学旅行のしおりをまかせたとあってさらにプライドはズタズタ。

実はファミリアに加わったアキは尾上愛季ではなく、むつ美でした。明元(あきもと)むつ美だからアキ。女のややこしい心情&名前を使った叙述トリック、辻村先生の作品を彷彿とさせます。

ハートの2

明元むつ美は、住んでいる地区の関係で6年生の知り合いのいない中学校に進学しました。美術部に入る予定でしたが、仲良くなった志津香に誘われて演劇部に入部します。「明元さんは小学校の時、なんて呼ばれてたの?」「アキ、苗字がアキモトだから」。

演劇部で美術版に所属するアキ。演劇そのものではありませんが、舞台の装飾や小道具を作ることはもちろんポスター、チラシの製作といった仕事もあり裏方どころか演劇で目にする大半の物がアキの丁寧な仕事に支えられているとあって、そのやりがいを大いに楽しみます。しかし、演技班との掛け持ちはかたくなに拒否していました。

ある日、演劇部の同級生に誘われて家でミュージカルのビデオを見ているときに、一人の女優に目が釘付けになります。新人公演で、自分と変わらない年齢なのにその女優から目が離せませんでした。この女優が未来の香北つかさ、このときからすでに人を強烈に引き付ける何かを持っていました。

アキには自分と違って小学校の頃から同級生と仲良くできる弟がいました。弟は絵が巧いということでクラスでも人気でしたが、その絵を描いていたのは実はアキでした。弟が中学校に進学して、演劇部のポスターを見た弟の友達が、弟の嘘に気づいてしまいます。嘘つきと責められて、部屋に引きこもってしまう弟。「姉ちゃんのせいだ、全部」

演劇部で美術班に専念していたのは、誰からも笑われないポジションで人から必要とされたかったから。つかさ様から目が離せないのは、少し自分に似ていることに気づいたから。自分に似ていることが活躍するのを見ることで、自分自身に価値があると思いたかったから。弟に絵を描いてやってたのは、「友達がうまいって言ってた」という言葉に酔いしれたかったから。

誰かのために自分がしていたことは、全部自分の本当にしたいことをごまかしていたことを認めます。「おまえの姉ちゃんの髪、大仏みたいだって笑われた」「私がこんな髪じゃなくなったら、部屋から出てきてくれる?」、そう言いながらハサミを手にするアキ。「変わりたい」という思い、自分のためでいいんだ、という意思で頭にハサミを入れます。

演劇部のシーンで、繰り返し出てきた小道具のウィッグに、アキがずっと注意を向けていたのはこの結末に至るからだったんですね。

ダイヤのエース

香北つかさが主人公の最終章。

舞踊学校で夢組の準トップスターで男役でした。女役だった沖乃原円は、舞台女優をこなしつつテレビでも活躍する超一流女優となっていました。そんな円の引退のニュースから始まります。引退理由は持病のクモ膜嚢胞のため。

つかさには幼馴染の剛大という男の子が居ました。誕生日と家が近いことで親同士も仲良し。剛大と同じ体操教室に通い始めます。スタートラインは一緒でしたが、小学校に入ると少しずつ2人のレールが違ってきます。同じ体操でもつかさは柔軟性を重視した技に、剛大はより筋力に重きをおいた技に。ずっと一緒に同じことをして競ってきた剛大と、もう肩を並べて競うことはできないのだと寂しく思うつかさ。舞踊学校のミュージカルを見た時に、男役の優美さを見て、あんなふうに慣れたらまた剛大と肩を並べられるのではないか、親友になれるのではないか。そんな思いから舞踊学校を受験し、女優への道を歩んでいました。

沖乃原円は、つかさと一緒に舞踊学校に入学し、同じ寮で一緒に過ごした仲。円の生い立ちは複雑。両親は離婚しており、父と会えるのは誕生日だけでした。「父に自分の舞台を見てもらいたい」という一心で、心に響く演技を魅せる円。

というエピソードが対照的に展開されるんですが、つかさの生い立ちは全部嘘。冷めた目で観客が演技その物ではなく、裏にあるストーリーに感化されているのを見て、自分には何のストーリーもない事を悟ったつかさがひねり出したエピソード。演劇の世界で第一線にありながら病気でやむなく引退、というところまで完成された沖乃原円。

自分の人気が落ち目であることを悟っており、ファミリアの存在に安心するところはあるものの常に自分が引退するときの文章を書きためているつかさ。円の引退会見と時を同じくして、自分の公式ブログが乗っ取られて勝手に引退宣言の文章が乗せられます。「心配しないでください」と話すマネージャーに、「やめない」「私には何もない」「特別なストーリーなんて何もない」「それでも、続けていいよね?」と話すつかさ。自分の引退するときのための文章を消し去り、物語なんてない、だけどそれでいいんだという心情に成るまでが描かれます。

全3篇のざっくりとしたあらすじ。細やかな女性の心情を描くのは辻村先生の作品を彷彿とさせますね。

スペードの3

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