月館の殺人 / 佐々木倫子 / 綾辻行人、館シリーズじゃなくて鉄道が舞台の連続殺人事件

「月館の殺人」は原作綾辻行人先生、作画佐々木倫子先生の推理マンガ。タイトルに館とありますが、いわゆる館シリーズと呼ばれる作品ではありません。月舘は「つきだて」と読みますが建物を表しているわけではありません。

綾辻先生といえば叙述トリックですが、本作はマンガであることを活かした表現のトリックが使われていて読者をアッと言わせる趣向が凝らされています。登場する怪しげながらコミカルなキャラクターは佐々木先生が魅せてきます。鉄道にまつわる話で、鉄オタがたくさん登場するんですが、どの人物も気持ち悪くていい感じ。

上下巻の2冊で構成されていて、解決編は色が違うという丁寧な作り。

あらすじと感想(ネタバレ注意)

主人公にして狂言回しは高校3年生の雁ヶ谷空海(かりがやそらみ)。沖縄育ちで、鉄道を極端に嫌う母を持ち、今まであらゆる鉄道に乗ったことがありません。母が亡くなってから2ヶ月後、天涯孤独になったと思っていたら家に弁護士がやってきて「母方の祖父は生きている。相続財産について相談したいので北海道に来て欲しい」と言われます。

飛行機で北海道まで来た後、月館へ向かう夜行列車「幻夜号」へ乗るために弁護士の車に乗って向かっているとスリップして立ち往生。助けてくれたのは日置という男。日置もまた幻夜号の乗客でした。日置の車に乗って行きに向かい、20時40分発の幻夜号に乗車。

乗客は空海、日置らを含む7人。空海を除いて全員が鉄オタ。普通に見えた日置は鉄道考古学オタで、他にはコレクターや撮り鉄、乗り鉄、時刻表オタク、鉄道模型オタク。繰り広げられるテツトークに翻弄される空海は、祖父が彼ら鉄オタを凌駕するキングオブテツと呼ばれる存在であることを知り、6人の中から結婚相手を選ぶことが相続の条件と思い込んだり。

6人の中で最もまともに見えた日置が深夜に殺されていることが明らかになります。列車の温度が下がってきて日置の部屋を覗くと、破れた窓と刺殺体、首都圏連続殺人犯が残していくカード。噂の連続殺人犯は、必ず死体の側にSの字を印字したカードを残していき、有名な鉄オタが次々犠牲者になっていました。

上巻の終わりに向かってこの第一の殺人が起こってから空海の違和感が膨れ上がっていきます。どう見ても列車内に犯人が潜んでいそうなのに、呑気な乗客たちと乗務員、乗務員の一人が仕事の合間に窓からアライグマに餌をやっていたり。それもそのはず、月館へ向かう夜行列車「幻夜号」は実際には走っていなかったから。とんでもない資金力で用意された実物の鉄道が線路の上で動いているかのように稼働する舞台装置。月館は地名ではなく、幻夜号の持ち主にして空海の祖父の苗字。

空海以外はこのことを知っていて、「幻夜号」に乗る上で必要なマナーとして、列車が走っているかのように振る舞うという設定を忠実に実行していました。マンガ的には、実は窓から見える風景がずっと一緒だったという重大なヒント。列車内で起こった殺人であっても密室でもなんでもなく外部犯の犯行と決められたのそのため。

緊急事態という事で列車を降りて月館の屋敷に入るも、そこには主人の月館や使用人のほとんどが殺されているという、さらに凄惨な光景が広がっていました。唯一隠れていて助かった使用人は、月館の主人が殺される間際に放った言葉と、犯人の言葉を聞いていました。「おまえはまだ幻夜号に乗っているはずだろうが」「おまえがあいつだったのか」。

次々に疑わしい人が変わっていくんですが、ここまで来て屋敷の人たちを殺し得たのは被害者となっている日置ただ一人。日置がはめている壊れていた腕時計は日置→屋敷の人たちの順で殺されたことを示していますが、この時計が壊れていたのは最初から。日置が首都圏連続殺人犯にして快楽殺人者だったわけですが、その日置が幻夜号から屋敷へ向かって殺人を行った後、列車に帰ってきた時に殺した人物がいます。解決編で示されるのはその真相。

なんですが、この真相がそれってどうなの？というもの。意外性はたしかにあったんですが日置を殺したのは空海。悪夢を見てうなされ、列車の窓から幽霊の手のようなものが見えた時に思わず扉にタックルしたシーンは、夢か現実か曖昧に描かれていたんですが、このシーンでタックルした表紙に外で扉を開けようとした日置が押された弾みで倒されて持っていたナイフを自分の胸に刺してしまっていました。そのままなんとか窓から自分の部屋に滑りこむも、そこで失血死というオチ。

佐々木先生がコミカルに描く鉄オタ達は清々しいくらい事件とは無関係。私としては彼らが全員で共謀して「オリエント急行殺人事件」をなぞるのかと思っていたんですが、そうはなりませんでした。一応意外性のある展開でミステリとしては及第点かなあ、と思うんですがそこにコミカルな鉄オタのやり取りを混ぜてきてちょっとカオスな感じが好き嫌い分かれそう。私は結構楽しんで読むことが出来ました。